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Wednesday, July 13, 2022

欧州に迫るガス危機 ~定期点検後の供給再開が不安視~ | 田中 理 - 第一生命経済研究所

欧州に迫るガス危機

~定期点検後の供給再開が不安視~

田中 理

要旨
  • 11日に定期点検を開始したロシアとドイツを結ぶガス・パイプライン「ノルドストリーム」が、10日間の点検期間終了後も欧州向けのガス供給を再開しないことが警戒されている。脱ロシア依存を加速する欧州は代替調達先の確保とガス貯蔵を急ぐが、ノルドストリーム経由のガス供給が完全に止まると、冬場の需要期にガス不足に陥る恐れがある。ガスの配給制を開始する必要に迫られ、エネルギー集約型産業向けのガス供給の縮小で、経済活動に大幅なブレーキが掛かる。その場合、需給逼迫によるガス価格の一段の高騰も加わり、欧州は景気後退に陥る可能性が高い。

ロシアとドイツを結ぶ天然ガスのパイプライン「ノルドストリーム」は11日、定期点検のために欧州向けのガス供給の停止を開始した。欧州の政府関係者の間では、10日間の点検期間終了後も、ロシアが何らかの理由をつけて欧州向けのガス供給を再開しないことが警戒されている。ロシアは先月来、欧米による制裁を理由にカナダの工場で修理していたタービンの出荷が差し止められたことを受け、ノルドストリームを通じた欧州向けのガス供給を約6割絞っている。カナダ政府は先日、タービンの出荷を認める制裁の特例許可を出したが、部品の出荷後もガス供給が再開されるかは分からない。ロシアは技術的な理由でガス供給を絞ったと説明しているが、別のパイプライン経由で減少分を穴埋めすることも出来た筈で、ガス供給縮小が政治的な理由によるものだったとの見方もある。欧州が冬場に向けてガス貯蔵を積み増すことを妨害し、ロシア向けの制裁強化を難しくしようと画策した可能性がある。定期点検をきっかけにロシアからのガス供給が完全に停止するリスクがある。世界的な景気後退懸念から原油先物価格の上昇が一服傾向にある一方、ガス需給が逼迫するとの懸念を背景に、オランダTFTの天然ガス先物価格は先週来、170ユーロ/MWh前後に上昇し、約1ヶ月前から倍増している(図表1)。これを受けて欧州各国の電力料金も高騰している。

欧州各国は代替調達先の確保とガス貯蔵を急ぐが、このままノルドストリーム経由のガス供給が完全に止まると、ガス不足に陥る恐れがある。欧州各国はロシアに代わるガスの調達先として、米国や中東諸国などからLNGの輸入を拡大しているが、割高なスポット市場での調達を余儀なくされている。しかも、ドイツや中東欧諸国の多くはLNGの陸揚げ港を持たない。ドイツは陸揚げ港の新設を計画しているが、完成には数年を要するため、より短期間で導入可能な浮遊式の陸揚げ施設の早期稼働を目指している。当面のガス不足に対処するため、ドイツでは石炭火力の利用拡大で急場しのぎをしているのが実情だ。7月11日時点のガス貯蔵はEU全体で最大貯蔵容量の62%、ドイツで65%と、7月としては平均並みの水準にある(図表2)。EU諸国はガス不足への対応策として、これを11月末までに90%に引き上げる計画だが、ロシアからのガス供給が止まるとその実現は難しい。現在の貯蔵量はEU全体で年間消費量の約17%、貯蔵率を90%に引き上げた場合、これが約24%に達する(図表3)。貯蔵取り崩しで賄えるのは数ヶ月分に過ぎず、冬場の需要期ではひと月足らずで枯渇する計算だ。

ドイツでは暖房の設定温度の引き下げや街灯の間引き点灯など、冬場に向けて様々な節約措置が検討されている。ガス価格の高騰は消費者の節約意識を高め、ガス需要の抑制要因となるが、これにも限界がある。本格的なガス不足に直面した場合、家庭向けや生活に密接した産業向けにガスを優先的に振り向ける配給制が開始される公算が大きい。ガス不足の懸念が高まるなか、ドイツでは現在、3段階の緊急ガス計画の2段階目にあたる「非常警報」を発令している。ロシアからのガス供給が止まった場合、これを3段階目の「緊急事態」に引き上げ、政府主導で事態の対処に当たる。配給制の開始により、化学や鉄鋼などエネルギー集約型産業向けのガス供給が絞られ、それが他の産業にも波及し、経済活動に大幅なブレーキが掛かることが予想される。

ガス供給の停止時は、需給逼迫からガス価格や電力価格の一段の高騰が避けられない。加えて、ドイツでは経営難に陥ったエネルギー企業を救済するため、ガス価格の上昇を消費者に転嫁することを認める支援策が検討されている。また、6月のドイツの消費者物価の上昇率が鈍化したが、これは同月に物価高騰による家計負担を軽減する措置が開始されたことによるものだ。8月末までドイツ国内の公共交通機関を9ユーロで利用可能な時限措置が終了した後は、ドイツの物価上昇率が再加速する可能性が高い。その場合、物価のピークアウト時期がさらにずれ込み、家計の実質購買力の目減りや企業収益の圧迫が一段と進むことになる。インフレ警戒を強めるECBがより積極的な利上げに踏み切り、景気を冷え込ませる可能性が高まる。政府は物価高騰による経済的な打撃を軽減する措置の強化や、配給制導入でガス供給が絞られる産業向けの支援を検討するとみられるが、ガス不足による経済活動停止の影響を相殺することは到底できない。影響が大きい国は、ロシア産ガス依存度の高いドイツやイタリアに加えて、ガス貯蔵が低水準にとどまるハンガリーやブルガリアなどの東欧諸国とみられる。ドイツ連銀はガスの配給制を開始した場合、ドイツの実質GDPが向こう1年間で3.3%減少すると試算している。さらに、外需の冷え込みや不確実性の高まりなどの要素を加味すると、2023年の実質GDPが7%近く押し下げられるとする。ロシアからのガス供給が完全に停止された場合、欧州は景気後退入りを免れそうにない。

(図表1)原油・天然ガス価格の推移
(図表1)原油・天然ガス価格の推移
(図表2)EU諸国のガス貯蔵率
(図表2)EU諸国のガス貯蔵率
(図表3)EUのガス貯蔵量と消費量
(図表3)EUのガス貯蔵量と消費量

以上

田中 理

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