米中摩擦をはじめとする地政学リスクがくすぶり、戦略物資としての半導体の価値が一層高まっている。各国が半導体の供給量確保に巨額の財政出動をして製造拠点の誘致をする中、日本政府もかつて世界一だった半導体産業を再建しようと、官民を挙げた挑戦を続ける。この“ラストチャンス”を生かそうと、日本全体で半導体サプライチェーン(SC=供給網)を見直し、強靱(きょうじん)化を図る動きが目立ってきた。(編集委員・小川淳)
「地政学リスクが高まり、(半導体産業で)『水平分業型』が世界的に見直されている。SCという観点で考えた場合、自前主義の利点も取り込んだリスクの少ない安全なやり方を進める必要がある」。東京エレクトロンの元社長で、現在は最先端半導体の量産を目指すラピダス(東京都千代田区)を率いる東哲郎会長はこう指摘する。
日本の半導体産業は自社で設計から製造、販売までを行う「垂直統合型」で1980年代に世界を席巻した。だがファブレスや半導体受託製造(ファウンドリー)最大手の台湾積体電路製造(TSMC)などが推進した国際的な水平分業型の潮流に乗り遅れ、衰退していった。
ただ近年、米中摩擦などの地政学リスクの高まりやコロナ禍に伴う半導体不足に産業界は苦しんだ。同様の事態を防ぐためにもSCの強靱化が欠かせず、各国は自前での半導体産業の育成に迫られている。斎藤健経済産業相は2023年度補正予算で約2兆円の支援策を講じた半導体について「完全に戦略物資だ。産業基盤を揺るぎないものにし、競争力と経済成長につなげたい」と強調する。
ラピダスは回路線幅2ナノメートル(ナノは10億分の1)の最先端のロジック半導体の量産に挑む。北海道千歳市に新工場を建設中で、25年に試作ライン完成、27年に量産開始を見込む。もともと線幅2ナノメートルの半導体の構想は19年に米IBMの幹部から東会長に持ちかけられた。東会長はIBMの意図について「彼らは最先端の領域で戦っており、(日本なら)信頼に基づいたビジネスをしてくれるという期待があったと思う。日本の技術力や技術者の質も評価されたようだ」と語る。
ラピダスにはトヨタ自動車、NTT、ソニーグループなど業界を代表する大手8社が出資しており、最初の供給先はこれらの企業になる見通しだ。現在、日本が製造できるロジック半導体は線幅40ナノメートルにとどまる。東会長は日本に最先端のロジック半導体の製造拠点があることで、「技術が新しい需要を生み出す」と主張。日本の産業界と歩調を合わせた最先端半導体を開発することで、企業の革新を支援する。
熊本、TSMC今年量産
ファウンドリーの世界シェアで約6割を占めるTSMCは熊本県菊陽町でソニーグループ、デンソーと合弁で第1工場を建設中で、24年末に線幅12ナノメートルの半導体などの量産を開始する予定だ。総工費は約1兆円で、このうち半分程度を国が支援する。併せて隣接地に第2工場を建設することを検討しており、第1工場と同規模になる見通しだ。第3工場の建設も視野に入れる。
TSMCは米アリゾナ州で線幅4ナノメートルの半導体工場を建設中で、25年に稼働させる。さらに同3ナノメートルの第2工場の建設も決めている。一方、23年8月にはドイツに欧州初の同社工場の建設を表明し、27年の稼働を目指している。いずれも各国が大規模な財政支援と引き換えに誘致へとこぎ着けた。TSMCの台湾での工場は台湾西岸に集中しており、米中摩擦が過熱する中、世界の半導体SCにおいて地政学リスクの分散に貢献する。
23年11月に来日した台湾の王美花経済部長(経済相)は「海外への投資は主に台湾への経済的な影響と、安全保障面で政府が審査する。海外で工場を建てても先進的なものは全て台湾に残り、さらに規模を拡大している。生産の8割は台湾に残るだろう」と指摘。TSMCが各国で工場を建設しても、台湾の優位性は揺るがないと自信を示した。
宮城は27年、SBIが参画
また、世界6位のファウンドリーである台湾のパワーチップ・セミコンダクター・マニュファクチャリング(PSMC)もSBIホールディングス(HD)と組み、宮城県大衡村に線幅40ナノメートルなどの半導体工場を建設し、27年に稼働させることを決めている。SBIHDの北尾吉孝会長兼社長は「半導体を産業基盤として、強いエコシステム(生態系)を構築する。日本の半導体産業の復興に貢献したい」と力を込める。
世界生産額今年13%増 84兆円、最高更新 JEITA見通し
デジタル社会の浸透や自動車の電動化、生成人工知能(AI)の隆盛などに伴い、半導体の確保が各国の経済や社会のあり方を左右しかねない状況に拍車がかかっている。また、カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)の実現に不可欠なパワー半導体の需要も力強い。
電子情報技術産業協会(JEITA)によると、24年の半導体の世界生産額は23年見込み比13・1%増の5884億ドル(約84兆円)と過去最高を更新する見通しだ。30年には1兆ドル(約143兆円)にまで拡大するとの見方もある。地政学リスクの高まりと為替の円安という日本にとっての好機を生かし、SCの強靱化と需要の取り込みを確実に進める必要がある。
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